introduction
オキナワアークについて

海に囲まれた沖縄から、内陸の国ボリビアに移動した家族。
様々な思いを胸に、自国を離れ新天地へと。

13分の3面映像作品は「ボリビア第1日ボ小学校」の校門をくぐるとその先には南米の風景、
聞こえる多言語、ラジオ体操の音楽、サンシーの音色、
舟を取り囲み遊ぶ子供達・・・が広がる。
あたかも舟が通り過ぎていくように不器用ながらも、
浮遊して行くー揺れる船からの眺め。

僅かな連続性の集積、断片としてのそれら、
人類の所有物としての長大な時間(の再構築)、
所謂「歴史」などまさに断片の寄せ集めに過ぎません。

最初の「朝礼」から「放課後」への、カメラが人間の間を擦り抜けて行くシークエンスが観る者にある種の感情を抱かせてしまうことに明らかなように、それは何よりも、それが既知である故に発見された「物語」であるに過ぎない。そこにはもう既に、観る者自身の記憶と映像のシークエンスが一体となる瞬間、その効果は、催眠術をかけられた様な懐かしさが込み上げる。
history
歴史

第二次世界大戦後の、1954 年から上陸作戦での沖縄の人々を救済するため、
ボリビア政府とアメリカ在住の沖縄県出身者たちにより、
沖縄からボリビアへの計画移住が行なわれました。
2ヶ月間の船旅の末、ボリビアへ到着。ジャングルを開拓し、過酷な環境を乗り越え、
オキナワ村(コロニア・オキナワ)が誕生しました。
現在では、 ボリビア共和国内の模範的な農村として讃えられ、
国内各地から仕事を求め移り住み、定着した人の数は、1万2千人と報告されています。

琉球政府計画移民の第一陣の到着から54年を迎えた今日、
コロニア・オキナワに居住する日本人移住者と日系人は約230世帯、870人前後と推移しています。
1998年にボリビア戦府はコロニア・オキナワを正式な行政区として制定され、
世界中で沖縄県とコロニア・オキナワだけとなっています。
production note
制作ノート

The details in session
繁うだけの世界 戸別訪問を重ね、撮影した家族のポートレートたち

The distance in session 1
全力疾走の場合

The distance in session 2
時を駈け行くボート

標高3700mにあるチチカカ湖 での疾走は非常に消耗されました。
インカ文明伝説が多く宿る土地に身を置き、
青黒い湖も近い太陽に照らされ神秘的でした。
夜は素晴らしい星空が頭上に広がり、地の果てに来た思いでした。  
 
 
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